「宅建士の資格だけ貸してくれたら、毎月数万円払うよ」。宅建に合格すると、知人や不動産会社からこうした誘いを受けることがあると言われています。働かずに収入が得られるなら悪くない話に聞こえるかもしれません。
しかし、宅建の名義貸しは宅地建物取引業法で明確に禁止されている行為です。業者側には最大で3年以下の拘禁刑または300万円以下の罰金、法人には1億円以下の罰金が予定されています。宅建士本人も、事務禁止処分や登録消除によって、せっかく取った資格を使えなくなるおそれもあるでしょう。
- 宅建の名義貸しにあたる2つのパターン
- 宅建業法13条・68条・84条にもとづく罰則と処分の一覧
- 「専任の宅建士」として名前だけ置くことが違法になる理由
- 名義貸しが発覚する主なきっかけと、2021年の最高裁判決
- 試験で問われやすい論点の整理
宅建の名義貸しとは 業者の名義と宅建士の名義の2パターン
一口に「宅建の名義貸し」と言っても、実際には性質の違う2つの行為が含まれます。混同したまま覚えると、試験でも実務でも判断を誤りやすいので注意が必要です。
| パターン | 具体的な行為 | 根拠条文 |
|---|---|---|
| 宅建業者の名義貸し | 免許を持つ業者が、無免許の人に自社名義で宅建業を営ませる・広告させる | 宅建業法13条 |
| 宅建士の名義貸し | 宅建士が他人に自分の名義を使わせ、その人が宅建士であるかのように表示する/勤務実態がないのに専任の宅建士として登録させる | 宅建業法68条1項2号・31条の3など |
1つ目は「会社の免許」を貸す行為、2つ目は「個人の資格」を貸す行為です。宅建に合格したばかりの人が誘われやすいのは、ほとんどが2つ目のパターンでしょう。
報酬の有無は関係ない
名義貸しは、お金を受け取っていなくても成立します。「友人の会社を立ち上げる間だけ」「数か月だけ」といった一時的な貸し借りでも、違法である点は変わりません。
名義貸しの罰則と処分一覧 業者・宅建士・法人別

宅建業法には刑事罰と行政処分の2系統があり、名義貸しにはその両方が関わります。2025年6月の刑法改正で「懲役」は「拘禁刑」に一本化されたため、最新の条文表記もあわせて確認しておきましょう。
| 対象 | 違反内容 | 罰則・処分 |
|---|---|---|
| 名義を貸した業者 | 他人に宅建業を営ませた(13条1項) | 3年以下の拘禁刑もしくは300万円以下の罰金、または併科(79条3号) |
| 名義を貸した業者 | 他人に表示・広告をさせた(13条2項) | 100万円以下の罰金(82条2号) |
| 名義を借りた無免許者 | 無免許営業(12条1項) | 3年以下の拘禁刑もしくは300万円以下の罰金、または併科 |
| 法人(両罰規定) | 役員・従業者が79条の違反をした場合 | 法人に1億円以下の罰金(84条1号) |
| 業者への行政処分 | 名義貸し・専任宅建士の不足など | 指示処分、1年以内の業務停止、情状が特に重いときは免許取消し |
| 宅建士への行政処分 | 名義の使用を許し、他人が宅建士と表示した(68条1項2号) | 指示処分、1年以内の事務禁止、情状が特に重いときは登録消除 |
登録消除になると5年間は再登録できない
宅建士が不正行為を理由に登録消除処分を受けると、その処分の日から5年間は再び登録を受けられません。宅建士証も返納しなければならず、資格手当や転職の選択肢を一度に失うことになります。数万円の謝礼と比べると、リスクの大きさは明らかです。
「専任の宅建士だけ貸して」は違法 業者側のルールから考える

名義貸しの誘いが生まれる背景には、宅建業者の専任の宅建士の設置義務があります。事務所ごとに、業務に従事する者5人に1人以上の割合で成年の専任宅建士を置かなければならず、欠けた場合は2週間以内に補充する必要があります(31条の3)。
ここでいう「専任」とは、その事務所に常勤して宅建業の業務に専ら従事している状態を指します。名前だけを登録して実際には出社しない、という形では専任性が認められません。
専任性を否定されやすい典型例
- 他社の正社員として別の会社にフルタイム勤務している
- 事務所から通勤できない遠方に住んでいる
- 給与の支払いや社会保険の加入実態がない
- 重要事項説明書への記名を本人が一度も行っていない
テレワークの普及で、ITを活用した在宅勤務の専任宅建士も一定の条件下で認められるようになりました。ただし、これは実際に業務を担っていることが前提です。「在宅なら名前だけでも大丈夫」という話ではありません。
名義貸しがバレる主なきっかけと民事上のリスク

「黙っていれば分からない」と考えるのは危険です。名義貸しは、思わぬところから表面化することが多いと言われています。
- 行政の立入検査:都道府県の担当者が事務所を訪れ、従業者名簿や勤務実態を確認するのが一般的です。
- 社会保険・雇用保険の記録:本業の勤務先と二重加入になっていると矛盾が生じます。
- 取引トラブルからの発覚:顧客との紛争で重要事項説明の担当者を確認した結果、本人が関与していなかったことが判明するケースです。
- 業者との関係悪化:謝礼の未払いや退職をめぐって、当事者の一方が申し出ることもあります。
2021年最高裁判決 名義借りの利益分配合意は無効
民事の面でも、名義貸しは守られません。最高裁は2021年(令和3年)6月29日、無免許者が宅建業者の名義を借りて取引を行い、その利益を分け合う合意について、宅建業法12条1項・13条1項の趣旨に反し公序良俗違反で無効と判断しました。約束した報酬や分配金を裁判で請求しても認められない可能性が高い、ということです。
さらに、取引で顧客に損害が出れば、名義を貸した側も損害賠償を求められるおそれがあります。
宅建試験で問われる名義貸しの論点
名義貸しは宅建業法の頻出テーマで、監督処分や罰則とセットで出題されます。直前の見直しや来年度の学習では、次の3点を区別して覚えておくと得点につながりやすいでしょう。
- 13条1項と2項の違い:営業させたか(拘禁刑あり)、表示・広告だけか(罰金100万円以下)
- 処分権者:宅建士への事務禁止・登録消除は登録先の知事。業者への処分は免許権者
- 期間の上限:業務停止・事務禁止はいずれも1年以内
来年度に向けて通信講座で学び直す場合、厚生労働大臣の指定を受けた講座なら教育訓練給付金(一般教育訓練は受講費用の20%、上限10万円)の対象になることがあります。申込前に講座ページで指定番号の有無を確認しておくと、受講料の負担を抑えられるでしょう。
合格後の手続きについては宅建の登録実務講習ガイド、5年ごとの更新は宅建士証の更新・法定講習でまとめています。
資格を正しく活かすために揃えたい準備物
名義貸しに頼らなくても、宅建士の資格は正規の勤務で十分に価値を発揮するはずです。重要事項説明の実務スキルを磨くうえで、手元にあると安心なものを挙げておきます。
宅建プロフェッショナル六法
条文だけでは判断しにくい専任性や監督処分の運用を確認するための1冊です。宅建プロフェッショナル六法は宅建業法・施行令・施行規則に加え、国交省の「解釈・運用の考え方」も収録されており、専任性の判断に迷ったときの確認に役立ちます。年度版で3,000〜4,000円台が目安です。
宅建士 職印
重要事項説明書や37条書面への記名の際、会社によっては押印を求められることも珍しくありません。宅建士 職印は認印タイプなら2,000〜5,000円前後で用意できます。
宅建業法に基づく重要事項説明Q&A100
重要事項説明では宅建士証の提示が義務づけられており、説明内容にも宅建士個人の責任が伴います。宅建業法に基づく重要事項説明Q&A100は現場で起きやすい疑問をQ&A形式でまとめた実務書で、名前だけの宅建士では務まらない業務の重さを実感できる1冊です。
宅建の名義貸しに関するよくある質問
Q. 名義貸しの報酬はいくらくらいと言われていますか?
A. 月数万円程度を提示されるという話がありますが、金額にかかわらず違法です。最高裁判決の趣旨からも、約束した報酬が法的に保護される可能性は低いと考えられます。
Q. 宅建に合格しただけで登録していない場合も処分されますか?
A. 未登録の合格者は宅建士ではないため、宅建士として名義を使わせること自体ができません。ただし、宅建士と偽る行為に加担すれば、将来の登録審査で不利になるおそれがあります。
Q. 副業で別の不動産会社の専任宅建士になれますか?
A. 専任宅建士は常勤が前提のため、本業がフルタイム勤務の場合は難しいのが一般的です。専任ではない一般の宅建士として、重要事項説明を担当する形であれば可能な場合もあります。
Q. 家族経営の会社に名前だけ置くのも名義貸しですか?
A. 家族であっても、実際に勤務していなければ専任性は認められません。名前だけの在籍は違反と判断されるおそれがあります。
Q. すでに名義を貸してしまった場合はどうすればいいですか?
A. 早めに関係を解消し、宅建業に詳しい弁護士や都道府県の宅建業担当窓口に相談するのが賢明です。状況を放置するほど処分が重くなる可能性があります。
Q. 名義貸しは宅建試験で毎年出題されますか?
A. 毎年必ずとは限りませんが、監督処分や罰則の選択肢として繰り返し問われています。13条・68条・84条の数字は優先して覚えておきたい論点です。
宅建士の資格は自分の名前で使い続けよう
宅建の名義貸しは、業者には拘禁刑3年・罰金300万円・法人罰金1億円、宅建士には事務禁止や登録消除という重い結果を招きます。報酬の約束も裁判で守られない可能性が高く、得られるものに対して失うものが大きすぎる行為です。
誘いを受けたら、その場で断るのがいちばんの自衛策です。資格を活かしたいなら、登録実務講習から宅建士証の交付まで正規の手続きを進め、自分の名前で重要事項説明に立つ道を選んでください。まずは手元の宅建業法テキストで13条と68条を読み返すところから始めてみましょう。








